結局その後は映画のDVDを借り、悟志の家で見ることになった。貴幸の家では多分、母や美幸がドラマを見ていてテレビを使えないからである。
ドアに鍵を差し込みながら悟志が言った。 「母さんは今日、用があって出てるんだ」 「へえ」 久々に来たから、会いたかったような気も、最後に会ったのがあの時だからいなくてホッとしてしまうような気もする。 二年振りだった。この場所に来たのはあの事件のあと、帰ってきた悟志の母に事情を説明し、翌日美幸と改めて伺って以来のことである。 外観の変わらない悟志の家に、貴幸は一瞬錯覚を覚えそうになった。まるで二年前のあの日に戻ったようだと。あの時はもう外も暗かったし、状況も今と全然違ったというのに。それにたかが数年で家の見た目が大幅に変わるはずがないことも、分かっているのに。 「どうぞ、上がって」 「お邪魔します」 心の中で緊張しながら、貴幸は家に向かって小さく頭を下げた。 実際に上がってみると、玄関の花瓶とかマットとか、廊下に飾られた絵などが昔とは違っている気がした。知っているような知らないような場所に来ているみたいな不思議な感覚。悟志も久々に貴幸の家へ来たとき、こんな風に感じたのだろうか。 「じゃ、お茶持ってくるからちょっと座ってて」 「ああ」 ぱたぱたと悟志が動き回り、すぐにポットにグラスに台拭きにとくつろぐためのものを持って来てくれる。 あらかたの準備が終わってからDVDの再生が始まった。本編前にある他映画の宣伝を見て悟志が言う。 「この映画も面白そうだなー」 「凄いよな、CG」 しばらくそんな会話をしたあとに、映画本編が始まった。今日借りてきたのは、DVDのレンタルが始まったばかりの人気映画である。笑いあり涙あり、シリアスありの内容で、話題になっただけあってさすがに面白い。 飽きる暇もなく時間が経つこと、約二時間。物語は結末へ向けて盛り上がり、勢いを失わぬままに収束した。感動的なエピローグと共にスタッフロール。流れ出しても少々の間、二人は何も言えずにいた。 「……はー、面白かった」 「そうだね。車が炎上したシーンでは、このまま主役交代かと思っちゃったよ」 一人言のように呟く貴幸に、ぼんやりとした言い方で悟志も答えた。そのまま少しの間、二人して余韻に浸る。 チャプター選択の画面が出たので貴幸は視線を落として腕時計を見た。気づけば時刻はすっかり夕方。窓の外も暗くなってきていた。 「もうこんな時間か。じゃ、帰りにDVD返していくな、悟志」 「あ――うん」 貴幸が立ち上がると名残惜しそうに悟志は頷いた。 DVDをデッキから取り出してケースにしまい、ついでに返却袋の中に入れる。あとは帰りがてら返却するだけだ。 「それじゃ、今日はありがとな」 「うん……」 そう言って貴幸は部屋を出ていこうとした。すると、くい、と下から腕を引かれる。 「タカちゃん」 勿論引っ張ったのは悟志だった。悟志は座ったままの体勢から更に貴幸の腕を引く。思わぬ強さに貴幸は転びかけ、とすんと椅子に膝を乗せることでクッション代わりにした。 「わ! 何するんだよ、悟志」 ぐらつく不安定な体を落ち着かせるため、手を机に置こうとした。しかしその手を悟志に掬われ、そのまま抱きつくような姿勢にさせられてしまう。 文句を言う暇もない。悟志は貴幸の体勢が落ち着くのも待たずに、その唇で口を塞いできた。 「んっ……!」 いきなり何をするのかと、暴れようとした体は強く抱きしめることで抑えつけられる。 「あ、……う」 悟志は貴幸の抵抗が緩んでからも痛いぐらいに強く体を抱いた。まるで、今の姿勢から一ミリも貴幸を離したくないとでも言うかのように。 一度唇が離れ、また塞がれる。唐突で意味の分からないキスだった。だけど触れ合う肌から、唇から伝わる熱量が貴幸の頭を瞬く間に侵していってしまう。気持ちがよくて、怒ることも抵抗することも忘れてキスに浸ってしまう。 少しの間そうして貴幸を抱きしめたあと、悟志はふと腕の力を緩めた。そして唇をゆっくり離し、再び、今度は力を込めずに貴幸を腕に抱き込む。 それから甘えの混じった声音で口にした。 「……まだ、帰らないで。タカちゃん」 何も言えなかった。ただ、貴幸はごくりと思わず息を呑む。 悟志が何をしたいのか。このままここにいたらどんな展開になるのか、分かっているのに――分かっているからこそ、拒絶の言葉を口にできなかった。 「タカちゃん」 逃げようとしない貴幸に、ほっとしたように微笑みかけて悟志は再び唇を寄せてきた。 口づけは次第に深くなり、そして悟志の手は熱を持った下肢へと伸びていく。 「あ……」 熱に浮かされて溺れるような気持ちになりながらも、貴幸は心の奥で思い続けていた。 (駄目だ、こんなの……『練習』? 駄目だ、こんなことを続けてちゃ――何とか、しなきゃいけない……どこかで…) 体が熱情に飲み込まれていくほどに、息が詰まりそうなほどに苦しくなっていく。 こんな関係、練習なんて言ってキスやそれ以上のことをする関係なんて、断ち切らなくてはいけない。終わらせなくてはいけない。 きっかけを見つけられないままに焦りばかりが募っていく。悟志との関係をどう落ち着かせたいのかも分からない、そのままに。 ――糸口が見えたのはそれから数日後のことだった。 |