ピンポーン、というチャイムの音は不思議と弾んで聞こえた。ドアを開けてみて貴幸は、もしかして押すときの気分によって出る音が変わったりするのだろうか、なんて思ってしまった。扉を開いた先で、チャイムを押した相手がうきうきと期待に満ちた表情を浮かべていたからである。
「おはよう! タカちゃん。いい天気だね!」 もう昼に近い時間だっていうのに、何の疑問も持たず朝の挨拶をしてきたのは悟志だ。 休日にいきなり悟志がやってくるなんて数年ぶりのことで、貴幸は面食らってしまった。 「はよ。……どうしたんだ? 急に」 「一緒にどこか行かないかと思って、誘いに来たんだ」 「誘い?」 尋ねると、悟志はうんうんと頷き出す。 「この前タカちゃん、今週は特に予定無いって言ってたでしょ? だから、いつもの勉強のお礼にどこか奢ろうと思って」 「あ。そう言えばこの前、そんなこと聞いてきてたっけ……。よく覚えてたなそんなの」 「うん。その内ちゃんとお礼したいって思ってて、いつ誘おうか考えてたからね。良かったらどこか行こうよ」 「ん……」 貴幸は腕を組み、どうしようか考え始めた。 確かに今日は予定が無い。だから適当に買い物に行くか、友人を誘って遊ぶかしようと思っていた。空いているのだから悟志と一日を過ごしたって問題はない、はずだけど。 (悟志と二人って、ちょっとマズい気もする) 何せ近ごろ悟志とは妙な展開になってばかりだ。練習と称してキスをしたり、それ以上のことをしたり――。これ以上一緒にいたら、いい加減どうにかなってしまいそうである。 かと言って特に断る理由もない。貴幸が何と言おうか考えていると、悟志の方が口を開いた。 「こうやってお礼するときのために、お小遣い貯めてたんだよ」 「…………」 にこにこ。 断られることなど想定していないような楽しそうな表情と言葉に、貴幸は苦笑いをしてしまった。こうも楽しみにされているのでは断れない。 「……じゃ、せっかくだしどこか行くか」 「ほんとに!? やった!」 「ああ。ちょっと準備してくるから、待ってろ」 「うん!」 悟志はパアッと顔を輝かせ、ぶんぶんと首を縦に振った。何とも正直な反応である。もしも彼に尻尾がついていたならば、きっと今、千切れんばかりに振りまくっていることだろう。 貴幸は急いで準備をして玄関へ戻った。 「どこ行こっか? 遊園地? 水族館? どこでもいいよ!」 すぐに矢継ぎ早に尋ねられる。 「高いだろ、そういうとこは。もっと手頃なところにしよう」 「大丈夫! いっぱいお金持ってきたから」 「そもそも、すぐ行ける範囲に無いだろ、それどっちも」 悟志は指でVサインなど作っているが、さすがに何千円も奢らせては申し訳ない。貴幸は却下した。 「あ、そっか……。じゃあ、どうしようか」 どうやら悟志は、行くならそのどちらかと思っていたらしい。しょんぼりと肩を落としている。 相変わらずどこか抜けた奴だなあ、と思いつつ貴幸は行き先を考えてみることにした。 「そうだな……じゃ、カラオケは?」 カラオケと言えば中高生定番の遊び場である。値段も手頃で丁度いい。そう思ったのだが、悟志は苦い顔をするのだった。 「ええー、もっと話せるところがいいよ」 「それじゃ、ゲーセンはどうだ」 「いいよ! タカちゃんが取りたい景品が取れるまで、何千円でも奢るからね!」 「――きゃ、却下! 無しだ、ゲーセンは!」 ぎょっとして大声を出す貴幸だった。悟志の目は明らかに本気と書いてマジである。いくら掛かるか分からない場所も、止めておいた方が良さそうだ。 しかしそうなると難しい。手頃な値段で、話ができて、互いに楽しめるところ。すぐにはなかなか思い当たらないのだった。 「悟志はどこか、行きたい場所あるのか?」 「僕は、すっかり遊園地か水族館に行くつもりで来たから……」 彼の方でも特に浮かぶ行き先は無いようだ。うーん、としばらく二人で考え込む。だがいつまでも玄関に突っ立っていてもどうしようもない。 「ブラブラしながら考えるか」 「そうだね」 結局、そう言って並んで外へと出ることになったのだった。 |