一週間の停学。
その処分が重いのか、それともまだマシな方なのかは貴幸には全然分からなかった。 悟志の処分はあっという間に学校中に広がり話題になった。暴力事件起こした二年がいるんだってさ、相田って奴らしいよ、えー相田って相田くん? 嘘ぉ。噂は勝手に駆けめぐったけれど、意外にも生徒たちの反応は、比較的良かったようである。何せ日ごろ大人しく素行の良い悟志である。そして、相手は以前から度々問題を起こしていた奴ら。事件の詳細は生徒たちには伏せられたが、『不良たちが相田くんに集団で喧嘩を売って、悟志が反撃した』として話が広まったようである。見舞いに行った同級生たちが、怪我だらけの悟志を見たことで余計にその説は信憑性を増していた。 悟志の謹慎が解けた頃には、相田くんは被害者という空気ができあがっており、幸いにしてその件で問題が起きることは無かったようである。 勿論、事の翌日に美幸も悟志に会いに行っていた。様子を窺い、礼を言うために。貴幸も一緒に行った。――だけど、悟志とちゃんと会ったのは、それが最後だった。 貴幸にはどうしても自分を許すことができなかった。大切な大切な悟志を、無意識のうちにそんな目で見ていた自分が。こんなときに恋愛感情に気づいてしまった自分が。 身を挺して庇ってくれた悟志にあまりに申し訳なくて、時間が経つごとに罪悪感が積もっていった。 (……俺、最低だ。何で悟志が苦しんでるときに、こんなこと考えてるんだよ。助けてくれた悟志に、申し訳ない……) こんなことを考えている自分が悟志と会っちゃ駄目だ。ただただ、悟志に対して申し訳なかった。 次第に貴幸は、悟志を避けるようになっていった。明るく挨拶をされても顔を逸らして素っ気なく返し、歩いている途中で見かければ引き返して違う道を行き、いつも一緒だった登下校はメールで『これからは別々に行こう』と送った。どうして、とメールが返ってきても、それに対して一文字も打つことができなかった。 自分とはもう会わない方が悟志のためだと、心から思った。 美幸や両親はそんな貴幸に対して心配するような素振りを見せ、悟志は寂しそうに目を向けた。そのたびに良心が痛んで、悟志の悲しむような顔に、余計に強く恋心を自覚させられる。 悟志に早く、見放して欲しい。もうあんな奴は知るかと怒って呆れて、声を掛けなくなってくれればいい。こんな思いを抱いたままではとても悟志の側になんかいられないから。毎日、そんなことばかり考えて過ごしていた。 次第に悟志は貴幸に話しかけなくなって――貴幸も中学を卒業して、あれだけ仲が良かったというのに全く話さなくなった。風の噂で悟志も同じ高校に来ると知ったときにはヒヤリとしたが、彼が話しかけてくるようなことは、全く無かった。 あれから二年だ。いきなり悟志が、勉強教えて、と言って貴幸の家に来るまでに。 ドキリとはしたけれど、悟志があまりに普通にやって来たものだから貴幸は、てっきり彼は昔とは変わったのだと思った。貴幸のことなんてもはや、仲のいい幼なじみではなく、ただの近所の人程度の存在になったのだと。ただ近くにいる上級生だから、軽い気持ちで頼ってきたのかなと。だったらば彼との交流は深くならないだろう。そう思った。 それに、二年の間に貴幸は気づいていた。『好きになってしまったから彼のために距離を置こう』というのがただの自己満足だったということに。あれだけ仲が良かったのだから、急に離れたら彼を傷つけてしまうのは今思えば明らかだった。いつも通りの態度で接し続けていれば、彼にあんな悲しそうな顔をさせずに済んだのだ。尤も当時の貴幸には、そこまで考える余裕はどうしても無かったのだが――。だから、勉強を見るという話を引き受けた。あのとき自分勝手に傷つけた分、この頼みぐらいは聞いてやりたいと思って。 ただ勉強を見るだけのつもりだった。なのに大きくなった彼は昔と全然変わらず接してきて、結局昔のような仲になってしまっている。そして貴幸の気持ちも二年前から変わらない。 (いや、もっと悪くなった、かな……) 鼓動が高鳴って仕方がない。近くで寝息を立てる彼に。タカちゃんタカちゃんと、今でも無邪気に貴幸を呼ぶ彼に――。悟志には、男の恋人がいるっていうのに。 ふと悲しくなりかけて、貴幸は自分を殴りつけたい気持ちになった。 (なに考えてるんだ、俺は。悲しいなんて思ってないでちゃんと祝ってやらないと) 毛布に包まれながら貴幸は思う。 自分勝手に彼との接触を断った貴幸に、悟志は何事も無かったかのようにまた接してきてくれた。その優しさに甘えていていいのだろうか。そしてこんな『練習』を続ける仲でいていいのだろうかと。 結局、『明日の朝は起こしてあげるね、タカちゃん』なんて自信満々で言っていたくせに、翌日悟志は寝過ごした。目が覚めてから何度も声を掛けたけれど起きなくて、幸せそうに眠りながら『あと五分』を繰り返し、結局ぎりぎりの時間に起きたのだった。 わーん、すぐ準備するから待っててタカちゃん! と慌てる悟志を、苦笑いしながら待った貴幸だった。 |