恋の仕方を教えて * 10

「あ、……くっ、んっ」
 どういう気持ちからなのか、悟志は溺れるように夢中でキスをしてきていた。少し離れては角度を変えて、舌を入れて、いやらしく絡めて、交じらせて。どう動いても興奮が収まらないという風に、何度も何度も口づけてくる。そのたびに彼の性器がズボン越しに擦れる。
 腿に彼の固いモノが押しつけられる。
 気づいているはずなのに悟志はどいてくれず、むしろ貴幸が身をよじればよじるほど深く口づけた。あちこちに熱が集まっていく
(どうしよう。このままじゃ――)
 そのうちに、出してしまうかもしれない。そんなの恥ずかしすぎる。嫌だ。焦りながらも貴幸には抵抗できなかった。
「っ、はあ……」
 もう一度深く息を吐いて、悟志がやっと離れてくれる。身を起こされたときに足に彼の体重が掛かって、かなり痛い。
「タカちゃん……」
 貴幸も体を起こした。正直言って体には力が入らなくて、感覚すらなくて、今にもへにゃりとくずおれてしまいそうだったが、気力で起きた。
(やっと、終わった……)
 頭がぼうとする。くらくらして手が震えて、痺れるほど快感に支配されていた。
「タカちゃん」
 悟志がもう一度呼んでくる。
 恥ずかしくて、できれば今すぐにでも出ていってしまいたい貴幸だったが、そんな訳にもいかない。仕方なく彼の方を見る。すると、悟志はどこか惚けたような赤い顔で、貴幸の方に身を寄せるように片手を置いていた。
 そして、熱っぽい声で。
「たっちゃった……」
「なっ!」
 貴幸に出せるのは、そのたった一言だけだった。とてもそれ以上は声にならない。
 そんなこと知っている。今まであんな体勢でいたのだから。だけど、そんなの口に出すことではない。言ってどうしようというのか。
「タカちゃんも、だよね」
 何も言えずにいると悟志は手を伸ばしてきた。――やはり彼にも気づかれていた!
 触れられて貴幸は、わっ、と再び短く声を上げた。
「やっぱり。……ね、タカちゃん」
 悟志は、ぎゅうとその部分を軽く握りながら話しかけてくる。心なしか語調が掠れ気味である。
 性器を他人に触れられるのなんて初めてだ。しかも、同性。それも悟志。更には相手も勃っている。とんでもなくどうしようもない状況だ。ぐるぐると思考がこんがらがる。
「お、おい。悟志……」
「タカちゃん」
 悟志はもう片方の手で貴幸の腕を掴んだ。そしてついに貴幸の腕を悟志のそこ、つまりは性器へ持っていく。
 叫べるものなら叫んでしまいたかった。
「僕も、もう、こんなだよ」
「……言わなくていい。そういうことは」
「タカちゃん……。して」
 薄々そういう流れになるのではないかと思っていたが、本当になってしまった。
「だ――駄目だ! 何を言ってるんだよ、おまえは……!」
「だって僕、このまんまじゃあ……」
「自分で何とかしてこい!」
 ごく常識的なことを言ったのに、悟志は納得できないように口元を結んだ。
 そして、してくれないならば実力行使と、ズボンの中に手を入れてくる。
「お、おい! 止めろって、――…っ!」
 ぎゅ。親指と他の指で円を作るように、先端の少し下辺りを握られる。衝撃に、心臓が止まってしまうかと思った。鋭すぎる快感が走る。
「うわっ……さ、悟志、やめ……」
「タカちゃん」
 悟志は貴幸の言うことなど聞かず、むしろ言葉を遮るようにキスをする。
 そしてキスの間に手を緩く上下に動かし、貴幸に快楽を与えてきた。幹をごしごしと擦り上げられて、半勃ちだったそれが一気に芯を持ってしまう。
 無論、貴幸だって性欲旺盛な高校生だ。自慰ぐらい何度だってしたことがある。その辺りは平均的な男子高校生と同じである。だが、こうして扱かれるのなんて本当に初めてで、唐突で、全然心の準備ができていなかった。今すぐにでも出てしまいそうだ。
「うっ……!」
 手は時にくすぐるように亀頭に触れ、形をなぞるように悪戯にそこを撫でていく。
「あ……っ」
 悟志の手の動きに合わせて吐息混じりに喘いでしまう。
 そんなときにもう一度、手を悟志の股間に押しつけさせられた。
 ――やっぱり、大きい。何だこれ。何だこれ。
「あ、っは、……はあ……っ」
「タカちゃん、僕にもして?」
 尿道口を指の脇で擦られながら囁かれた。
 貴幸は強く首を振る。絶対に嫌だ。悟志はそんな貴幸を見て、手を無理矢理自分のズボンに突っ込ませた。
「して」
 声から悟志の興奮が、よく伝わってくる。もはや拒んでも強制的に扱かされそうだった。
 仕方なく貴幸は、悟志のペニスの幹を軽く軽く、五本の指の腹で撫でた。
「……んっ」
 今度は悟志が反応する。同時に『きゅっ』と貴幸の性器が握られる。堪らなかった。体がびくびく震える。
(何でこいつ、いつの間に、こんな……)
 思わず息を呑んでしまう。
 悟志の性器は、記憶よりもずっと成長していた。勃起しているからだけではなく、随分と大人になったようである。悔しいけれど、自分よりもかなり質量がある。
 悟志と仲が良かった頃には、時々温泉に行くことなんかもあった。その時には当然、互いに見たことがあるけれども、あの頃とは全く違う。形こそまだ少し幼いが、触れただけでも芯の大きさが分かるペニスだった。
 手をゆるゆると上下に動かされながら、貴幸も同じように動きを真似した。手の下側の方に柔らかいものがちくちくと当たるのを感じる。可愛い顔をしているくせに、いつの間にかそっちの方もきちんと大人になっているようだ。
「うっ、……く」
 息と、手を動かす音が部屋の中には響く。
 指で先走りを掬われたせいで、自分の足の間からねちゃねちゃと淫猥な音がして恥ずかしい。
 頭の中も下肢も馬鹿みたいに熱くなっているのに、逆に背筋は冷えたようにぞくぞくする。何が何だか分からないまま必死に手を動かし、動かされる。
「はあ……」
 ぐりぐりと尿道口を指の先で責められると、気持ちよくて体を屈めてしまいそうになる。
 悟志は時折、貴幸が気持ちいいか確かめるように表情をちらりと窺ってきた。見るな、と心の中だけで貴幸は抗議する。
 元々キスで高まっていた体である。しばらく手で刺激されるともう限界だった。
「ん、っ……!」
 ペニスの震えで悟志にもそれが分かったのか、一気に追い上げられる。先端の窪みをぐりぐりされながら擦られ、貴幸は堪えきれず吐精した。悟志の手が精液で染まる。
「…………は、……あっ」
 射精しながら体がびくびく震える。
 悟志は貴幸が全て出してから、残滓を掬い取るようにもう一度だけ尿道口に指を滑らせ、ごく僅かな残りまでも手に取った。とろりとペニスと手の間で精液が糸を引く。
 そして悟志はパジャマのズボンから手を抜いて、貴幸が出したものを見た。
「わー」
「…………っ!」
 何が『わー』なのか。分からないけれど無性にとても恥ずかしくて、本当に恥ずかしくて、ごまかすように貴幸は、一生懸命悟志のペニスを扱いた。
 彼の性器は触れ始めた頃よりずっと大きくなり、たまにぴくんとその脈動を感じさせていた。下りたズボンから覗く姿が生々しい。
 他の男の性器なんて、気持ち悪いものでなくてはならないはずなのに、貴幸は興奮を覚えてしまう。自分が手を動かすことで日ごろと違う声を洩らし、ペニスを反応させる悟志に。
「タカちゃん、出る……っ」
 悟志がそう言い、貴幸の手にも熱い飛沫が掛けられるまでには大した時間が掛からなかった。びゅく、びくと手のひらに精液が撒かれていく。粘度のあるそれはとても熱く、濃かった。
「……何で」
 未だ気持ちよさそうに息をする悟志に、貴幸は問いかけた。
「何でこんなこと、したんだよ」
 近くにあったティッシュの箱を手に取り、二枚出して一枚を悟志に投げる。空気抵抗を強く受けたティッシュはろくに飛ばずにふわりと舞って、悟志はそれを慌てて空中でキャッチした。
 彼が放った精液を拭ううち、貴幸の頭は急速の冷静さを取り戻してきていた。
 何ということをしてしまったのだろうか。男同士で。キスは『練習』だと言うけれど、こんなのは練習でも何でもない。女性相手にできることではないからだ。
 悟志は貴幸の言葉に戸惑ったように身じろいでいる。
「何で、って……」
「これも予行演習だって言うのかよ」
 拒否しきらずに結局行為に熱中してしまったくせに、勝手なことを言っている。それは貴幸にも分かっていた。
 だけど射精後の冷めた頭ではどうしても考えてしまうのだ。キスして触れ合って、こんなのじゃまるで、まるで――。
「…………」
 悟志は首をひねって何事か考え事を始めた。彼も落ち着きを取り戻したらしく、表情から先ほどまでの熱が引いている。
 そして、じっと見つめる貴幸に頷いてみせた。
「うん。そう。練習なんだ」
「嘘をつくなよ。彼女相手にこんな、その……男じゃないとできないようなこと、するわけないだろ」
「嘘でした。ごめんね」
「は?」
 拍子抜けするほどあっさり悟志は答えた。しかもその顔は、何だか挑発するように好戦的な笑みである。
「な、何だよそれ! 何のために俺が今まで付き合ったと――」
「その。僕の恋人って、実は男なんだ」
 再び、あっさり。激昂しかけた貴幸を諫めるように悟志は言った。
「――は? っな、……え、ええええっ!」
「だから周りに隠してるし、こういうことの練習もしたくって。ごめんねタカちゃん! 隠してて。えへ」
 あまりの驚きに大声を出す貴幸とは対照的に、悟志は悪戯の計画でも話すように楽しそうだ。この上なくわざとらしい口調である。
(男? お、男? 悟志の彼女が……本当は彼氏!? 何だそれ……何なんだ……!?)
 貴幸の頭は混乱しっぱなしである。
「……俺、もう一回、歯ー磨いてくる……」
 そしてついでに手を洗い、本当の意味で頭も冷やしてこよう。貴幸は立ち上がり、ふらふらと歩き出した。一人になりたい。
「待って、僕も行く」
 だと言うのに悟志は貴幸の思いなど察してくれず、後を追ってきた。そして部屋から出る前に顔を覗き込んで、一言。
「引いた?」
 不安そうな表情だ。先ほどまでとは違って恐る恐る言っているのがよく分かる。
 ……本当に驚きはした。だけど、引きなんてするはずがない。貴幸は首を振った。
「ごめん。驚いただけ」
「ほんと? 良かった」
 嬉しそうに悟志が微笑む。そして二人は連れ添って階下へ降りていき、一緒に洗面所へ向かう。
 運の悪いことに、一階では母がまだ起きてテレビを見ていた。
「あら。どうしたの? 二人とも」
「歯を磨きに」
 ただでさえ、自慰とか性的なことをした後には親に会いたくないものである。今、男同士であんなことをした直後に母と会ってしまった貴幸の気まずさは、半端ではない。
「さっき磨いてたじゃない」
「あの後クッキー食べたから……」
「僕は付き添いです」
 悟志は何気なくそんなことを言っている。
 あらそう、と母は笑い、それから冗談っぽく尋ねてきた。
「どう? こんなに久しぶりに泊まりに来て、喧嘩なんかしてない?」
「いえ。さっきからずっと、仲良く話してますよ。ね、タカちゃん」
「……ああ」
 ばつが悪く貴幸は答えた。
 分からない。悟志のことが、いくつもの意味で。

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