イジメダメゼッタイ。 * 6

 意識すらなく何ヶ月も眠り込んでいたような、一瞬だけ目眩を覚えた程度だったようなよく分からない感覚。それが、目が覚めてすぐに佐伯が抱いたものだった。
(う……)
 妙に体の節々が痛かった。まだ眠っているような半覚醒状態の意識で服を着ていないことに気がつく。そして今寝転んでいるのがいつもの布団ではないということ、異様に疲弊していることを続いて感じた。――それから、昨日あったこと。散々な目に遭わされたことを、思い出した。
(……ひでえ。本当にひでえことされた。……ケツに突っ込まれて、変なこと言わされて…、あり得ねえ……)
 そう思っても頭には勝手に昨日のことが思い浮かんできてしまう。散々な目に遭わされた。あれから幾度となく二人は佐伯に精液を注ぎ、緩んだ穴からそれが零れると尻を上げさせて中に戻した。それでも結局大半は零れたけれど、いくらかは吸収してしまっただろう。あんな奴らの精子が体の一部になってしまったと思うと吐き気がする。
(松原に、木戸。……あいつら…)
 まさか、高校時代にちょっと『遊んで』やった奴らが今でも根に持っていたなんて。解放されたら絶対にあいつらを殺す。正当防衛だから警察には捕まらない。チンコちょんぎって殺す。
(チンコ……)
 ぼうとした体が、その単語を思い浮かべた途端にずくんと疼いた。特に昨夜散々受け入れさせられたアヌスが勝手にひくひくと蠢く。
 あれからいつの間に佐伯は眠ったのだろう。思い返そうとしてみてもそのことは分からなかった。記憶に残っているのは、佐伯が朦朧としているのにひたすらペニスを突き込んできていた二人の残酷さ。恐らく犯されるうち本格的に気絶してしまったのだろう。そしてそのまま眠って、今に至るというわけだ。
 あちこち痛む体を無理して佐伯は起こし、現状を把握しようとした。散々突き込まれたせいで尻の穴には感覚がない。その部分に力が入らないせいで、足もまともに動かなかった。けれど佐伯は手を使って必死に起き上がる。今が何時なのかは分からないが、二人はいないようだ。逃げるならば今しかない。
 だが、そう考えてすぐに佐伯は足の戒めに気づかざるを得なかった。左足には枷がされていた。鉄製のそれは、室内にあったベッドの脚にしっかりと嵌められている。ただベッドとだけ言えば持ち上げることで枷ごと逃げることができそうに思うが、ベッドはどうやら、設計時から部屋に備え付けられているものらしい。ベッドの脚と床板とが深く融合しており、とても上げることなど不可能だ。
 それでも佐伯は何もかもの力を振り絞って、血管が切れるかもしれないほどの力を込めてベッドを持ち上げようとした。けれどびくともしない。
 それならばと、ベッドの脚をぐるりと囲むチェーンの方を外せないかと再び全力を掛けてみたが、それも駄目。枷は鍵で外れる仕組みになっているらしく、それ以外の手段ではどうすることもできないようだった。まして人力で壊すことなどできるはずもない。
(やべえ)
 まさか、本当に逃げられないのではないか。佐伯はぞっとした。それでもチェーンに結構な長さがあったもので、窓を開けて助けを呼べないか、動ける範囲にペンチか何かがないかと探索してみた。しかしそれも無駄だった。枷は出入り口付近に取り付けられており、トイレには行くことができるが、窓までは届かない。そして歩ける範囲までにはほとんど何もない。唯一、2リットルペットボトルに入った飲み物が置かれているのみだ。
(監禁……された…?)
 単語の恐ろしさにぞっとする。そのまましばらく、今にもあの二人が来るのではないかと怯えながら過ごした佐伯だったが、数十分待っても彼らは来なかった。となればやることが一切ない佐伯には眠ることぐらいしかできなかった。体は幾度も繰り返されたレイプに疲れ切っている。休めるうちに休んでおかなくては、いざ反撃の機会が来ても思うように動けない。
 幸いベッドに足かせが括り付けられているだけあって、その上でならある程度自由に動くことができそうだ。佐伯は柔らかなシーツに身を横たえた。一応毛布は綺麗なようだし、近くにはエアコンのコントローラーも置かれている。試しに操作してみたところ、問題なくうことができた。これなら温度上の問題はないだろう。
(これからどうなるのかな……)
 不安ではあるが、きっと、両親やバイト仲間、それから友達が、いなくなった自分に気づいて警察へ通報し、助けてくれるに違いない。希望を抱きながら佐伯は瞳を閉じた。

******

 何時間経ったのか全く分からない頃、目が覚めた。部屋には時計がない。あれから何時間、それとももしかしたら何分や何日が経過したのかも全く分からない。だがさっきまで明るかった空には夕日が射してきていた。どうやら結構な時間が経ったようである。けれど二人が来た様子は全くない。
 ――もしかして、このままずっと奴らは来ないのではないか。
 ほっとする一方、どうしようもない強烈な恐ろしさが体内を駆け上がってきた。
 もしもこのまま、二人がずっと来なかったら。そうしたら自分はどうなってしまうというのだ。こんな、逃げることもできない知らない場所で一人きりにされて。それにここには食べ物もない。
(……そうだ! 食べ物!)
 思い当たると、ざあっと血の気が引いていった。もし、もしも。このままずうっと、誰も来ることがなかったら。警察もなかなか来なかったら、そしたら餓死してしまう! じわじわと弱って死ぬ!
「うわあっ!」
 あまりに惨い仮定に佐伯は思わず叫び、頭を抱え込んだ。そんなの嫌だ。誰か来てくれ、誰か。気がつけばもう丸一日近く何も口にしていない。……ああ、そのことを思ったら、急に腹が減ってきた。こんな状況でも人間は食べなくては生きていけないのだ。
 ひんひんと佐伯は噎び泣いた。死にたくない。それに、何もないこの場所でずっと一人なんて気が狂ってしまう。恐ろしい想像で佐伯の頭はいっぱいになった。そして、それから数十分。次に奴らが来たら何が起こるのかと恐怖に震え出す。更に数十分。することが何ひとつない環境に気が狂いそうになり、腹が本格的に減り始める。――二時間も経った頃には、佐伯は、松原や木戸でもいいから誰か来てくれと思うほどに空腹と無為さに怯えていた。
 これまで佐伯は、暇があれば遊びに行ったり雑誌を読んだりして時間を潰してきたのだ。それなのに今は、寝るくらいしかできることがない。時間すら分からない中での空虚な時間は、気が触れてしまいそうなほどの恐怖を伴ったものだった。
 無理矢理にでも眠ってしまおうかと思い、けれど寝ることができずに苛立ちながら寝返りを打ったとき。がちゃんと、扉が開く音がした。
(あいつらだ!)
 開くなり、何事かを男二人が話しているらしき物音が聞こえてきた。ついに来た、憎い強姦魔たちが! 緊張で佐伯の体が包まれる。
「よお」
 数十秒もしないうち、がらりと扉が開いて二人が入ってきた。ベッドから体を起こして佐伯は彼らを睨み付ける。けれど、圧倒的に不利な状況なのだ。強がりながらも表情には明らかな怯えが混じった。その色を読みとって彼らは馬鹿にしたように笑う。
「どうだったよ、寝心地は」
「……最悪だった。早く俺を帰せよ」
「アホだなあ。まだ帰れるなんて思ってたのか」
 声音を震わせる佐伯のことを、二人は嘲笑する。
「これだけのことをやったんだ。帰せるわけないだろ。おまえはこれからずっと、ここで俺らのオモチャになって過ごすんだよ」
「そんな……」
 彼らが一言口にするたび、硬直していくようだった。あまりの衝撃に今にも心臓が止まってしまいそうだ。ずっと、なんて。これからずっと、昨日のような目に遭わされ続けながら生きることになるなんて、そんなのあり得ない! そこで思考は停止した。過ぎる恐怖に、頭が感情をシャットダウンしてしまったのだ。
「んなことよりさ」
 松原が手に持った鞄を探った。彼らはそれぞれ、大きめの手提げ鞄を手にしていた。中身は全く窺えないがかなり物が詰まっているようだ。
 何を取り出されるのか。気を張りつめながら手元を注視していた佐伯は、取り出されたものに目を瞠るほかなかった。
「腹、減ったんじゃないか?」
 そう言いながら彼が、見せつけるように差し出してきたのは――食パンだった。まだ未開封で袋に入ったままのパン。
「あっ……う…」
 ごくりと喉が鳴る。そして急激に、腹が空いていることを思い出した。ほんの数秒前まではとても空腹など感じる余裕がなかった。けれど、最後に飯を食べたのはもうしばらく前のことだ。そうして食べ物を目の前に差し出されてしまうと体は素直に反応してしまう。
「食べたい! よこせ、それっ!」
 袋を奪い取ろうと、佐伯は手を伸ばした。だがあと少しで届くというところで、ひょいっと遠ざけられる。
「あ……」
「おいおい。気が早いな、タダで食わせてやるかよ」
「よこせよ、早く……! 俺、腹が減ってるんだ。ぺこぺこなんだよお!」
 必死で訴えれば訴えるほどに、彼らの視線は冷えていく。軽く見交わしたあとに、木戸が言った。
「あんたさ、高校のとき、俺の弁当に何をしたか覚えてる?」
「えっ」
 佐伯は動揺した。覚えていなかったからではない。逆だ、心当たりがありすぎたのだ。
 昼休みは一番長い休み時間である。それだけに暇で、佐伯はよく木戸と『遊んで』いた。クラスの違う松原のところへもよく行った。そしてやりたいままに、彼らの弁当をいじり回したものだ。
 弁当箱をひっくり返して、床に零すなんて序の口。米に掛けられた肉そぼろを「弁当にゲロ掛かってんぞ! おまえの母ちゃん、料理下手だなー」と馬鹿にしたことも、弁当箱を取り上げて、返して欲しかったら靴を舐めろよと言ったこともあった。大事な母親の作ってくれた昼食は彼らにとって本当に大事なものであったらしい。二人は佐伯がどんな無茶を言っても従ったし、めちゃくちゃにされても掻き集めて食べていた。それでも愛する母への申し訳なさからだろう。体を震わせ嗚咽したことも、一度二度ではなかった。そうやって反応するからますますイジメたくなるってのに、馬鹿だなあと佐伯は思っていた。
「散々なことをしてくれたよな。俺は母さんに申し訳なくて、死ぬことすらも考えたよ。あんたには散々いじめられたけど、全部の中でもあれが一番辛かった。……俺が母さんに弁当の味を聞かれたとき、どれだけ苦労して涙を堪えたか、てめえに分かるかよ! 糞野郎がっ!」
「うあっ!」
 当時のことを思い出してよほど辛い気持ちになったのか、泣きそうな声になりながら木戸が語った。けれど哀しみは途中で怒りに転化したらしい。彼は怒鳴りつけると、手で足で、激しく佐伯に暴行を加えてきた。痛い。痛い。痛い。死ぬ! 今ここで殴り殺される! 苦痛に佐伯は、ぎゃあーと間延びした叫び声を上げた。だが松原はその様子を黙って見ているばかりで、止めようともしてくれない。
 しばらくしたところで木戸の気も落ち着いてきたらしい。彼は、激昂からはあはあと息を荒げながらもぎゅっと拳を握りしめ、それ以上の暴力を加えることはしなかった。だが殴られた本人である佐伯からすれば、またいつ彼が暴行を働くか分からない。がたがた震えながら半泣きでいることしかできなかった。
 冷製に松原が言う。
「そんな思いを俺たちはしてきたんだ。高校時代の昼飯の間、ずっとな。それなのに、おまえにあっさり飯をやると思うかよ」
「ひでえ……」
 ぼろりと涙が零れた。一度溢れ出すとそれは止まってくれず、佐伯は激しくしゃくり上げ、喋ることすらできなくなった。こうしてパンを用意して、見せつけておきながら、食べさせてくれないなんて! 惨すぎる。
「あ、あっ、あり、ありえね、えよ、おおっ、おまえら! 腹減ったんだよ! ――っひ、ひっ……」
 号泣して自分でも何を言っているのか分からなかった。それでも懸命に空腹を訴える。二人は冷酷な目をしたままだった。それでも言った。
「さすがに俺たちにも殺す気はない。こうして準備した以上は、食わせてやる。好きなだけな」
「あっ……!」
 ぱあっと光が射した。憎くて堪らないはずの松原たちのことが、今この瞬間だけは仏か何かのように思えてしまうくらい、空腹が佐伯を支配していた。
「ただし」
 強い喜びを抱いて顔を上げた佐伯に、松原は非情に告げてきた。
「飯を食いたいんなら、その前に口を使って奉仕するんだ。こっちがいいって言うまでな。いいか、これから毎回だ。毎回食事の前におまえは、俺たちの言うことに従ってチンコしゃぶるんだよ」
「……え」
 ほんの一瞬だけ沸いた希望が、再び費えていった。

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