「あっ……、あっ、あああ…」
佐伯はへなへなと力なくその場にくずおれた。そんな馬鹿な。ようやく食事にありつけると思ったのに、その上に精液が――。今からあんなものを食べなくてはならないというのか。 松原は噴射した精液を、パンの表面全体に広げるため指で掬い取り、そのまま塗りつけ始めた。しばらくして思う通りに塗り込むことができたらしい。まだ汚液の付着した指が、佐伯の前に差し出される。 「綺麗にしろ」 「っく、っ、ううう……!」 唇を噛み締めていることすらできなかった。先ほどまでペニスを入れられて揺さぶられていた衝撃と、たった今目の前で起きたあまりの出来事のために佐伯の口はだらしなく開き、止められず唾液まで零した。その中に松原が指を突っ込んできて、口のあちこちへぐりぐりと精液を塗りつけてくる。拭うように松原は、特に舌へと重点的に指を押しつけた。 動転している今でも味くらい分かる。それは粘ついていて苦く、生理的な嫌悪を催す匂いをしていた。体が受け付けようとしないのだ。これは飲んではいけないものだ、飲めるものではない、と吐き気をもって教えてくる。それでも飲み込まざるを得なかった。涙目になって佐伯は舌に塗りつけられた精液を溶かしていく。無意識のうちに唾液を出して味を薄めようとしてしまい、結果、量が多くなる。無理矢理ごくりと喉を鳴らしたときには吐いてしまう寸前だった。 「ほら。これを一枚、無事に食べきったら、残りのパンは普通に食っていいぜ」 食パンが突き出される。鼻先に近づいただけでその表面から、腐った生卵のような匂いがしてきて、喉まで吐き気がせり上がってきた。 涙が、つうと頬を伝った。 ****** 死ぬような思いで生き地獄を終えると今度は、言葉によって陵辱を受ける番だった。 「くっせえな。おい、こいつ臭いと思わねえか? 木戸」 「全くだ。離れてたって臭ってくるよ、臭い臭い」 二人は思いきり眉を顰め、鼻を摘んで、臭気を寄せ付けないように手をぱたぱたと振り始めた。そのどこまでが本音でどこからが加虐なのかは分からない。けれど今、佐伯の体が臭っているのは確かだった。外面が自慢であっただけにその言葉は辛く、佐伯は、ううと声を洩らした。 「くせえー、こいつ。汚ねえ」 「吐いちゃいそうだよ、あんまり臭くて」 何せ昨日、散々汗を掻かされ、直に精液を注ぎ込まれたのだ。それでも窓を開けることを許してくれずに一晩を閉め切ったまま過ごし、そして今、口であんなものを食べた。耐えきれない臭いがして当たり前である。佐伯自身、自分の体や口から漂う、性臭とすら表現できない不快な香りには泣きたい気分だった。 ぷうんと漂う臭いが、鼻だけでなく喉の奥にまでも入ってくる。木戸が言った、吐いてしまいそうという表現はあながち大げさでもなかった。その場にいるだけで苦痛を伴うように、体に染みこんでしまいそうなほど臭いのだ。 「こいつはくせえ! ゲロ以下の臭いがぷんぷんするぜ」 彼らは、やむことなくクサいクサいと佐伯を罵倒した。しかしこれも陵辱の一環なのだ。本当に臭いのならば窓を開けて換気すれば良い。どうせ窓まで佐伯の体が届くことはないのだから。そこを敢えて放置しておくというのは、つまり、こうすることが彼らの目算だったわけである。 「くう……っ」 それでも、分かってはいても佐伯には、彼らの罵倒がどうしようもなく辛かった。佐伯はまだ20代の前半、それも外見に自負のある男である。近ごろは金がなくてあまり気を遣えていないが、香水やファッションにも拘ってきた。その自分が、鼻まで摘まれ、臭い臭いと言われている。惨めでどうしようもなかった。 「くせー。吐きそう、おえっ」 「ウジでも沸いてるんじゃないかってほど臭せえな」 わざとらしく吐く真似なんかされ、虫がいないか確認するように室内を見回され。いっそ死んでしまいたいほど辛かった。 勿論これも、高校のときにやったことだったのだ。佐伯は廊下で二人とすれ違っては、よく振り返ってこう言っていた。 「くさっ! おえ、こいつの隣通った途端に臭くて死にそうになったんだけど! なあ? おい、聞いてる? 何無視しちゃってんの? おまえだよおまえ! くっせーよ、テメー! あ、シカト? そーゆー態度取るわけ? へえ? あっ、もう駄目だ、これ以上こいつの方向いてたら吐きそ。ゲロゲロ」 軽い冗談のつもりだった。一緒に歩いていた友人と、臭い臭いと笑い合って暇つぶしにする程度の、深い意味など存在しない行為。それがどれほど酷いことだったのか、実感が身に染み入ってくる。 「風呂……、入らせてくれよお…」 滲む涙を飲み込んで懇願する。と同時に、二人が強く顔をしかめる。 「うわっ、喋ったら余計臭せえ! 何て酷い口臭なんだ!」 「ふ、……ろ」 黙っていてはどうにもならない。それなのに、口を開くなり臭いと言われ、喋ることが怖くなる。佐伯は視線を落とし、拳をぎゅっと握った。しばらく誰もが黙ったところで木戸が言う。 「――ま、俺たちとしても、こんな臭い奴といるのは勘弁だから。風呂ぐらいなら入らせてやってもいいよ? おまえの態度さえ良ければな」 「……態度…?」 「そう。俺らには、あんたがどうしてこんなに臭いのか、何で汚れたのか、どこが一番汚れてるのか分からないからな」 「風呂に入らせてもらいたいんだったら、それを俺らに分かるようにしろってことだ」 彼らが言っているのはどういう意味なのか。佐伯は理解しようと考え始めた。そのとき、パンッと松原の両手が打ち鳴らされる。 「はい、15秒!」 「えっ!?」 「俺たちもそんなに暇じゃねえからな、おまえの言い訳なんかに時間割けねえんだよ。とっとと言え!」 「13、12、11……」 唐突なカウントに驚いている間に、どんどん数字が減っていく。どうしたらいいのか何を言ったらいいのか――。今を逃したら、風呂に入らせてもらえない! 佐伯は考えている暇もなく反射的に叫んだ。 「ひっ……、い、一番汚れてるのはケツ――です、ケツの穴です! それと口! ケツの理由はチンコ突っ込まれて精液出されたから、口の方はそのパンを食わせられたから! 臭いのはケツに出されたからです!」 ただ思い浮かんだままに、正直な説明をし始める。言っていてそのとんでもない内容に改めて慄然とした。 「へえ。なるほどなあ。で、それだけ?」 「そんな言葉での説明だけで、こっちに汚れ具合が伝わると思ってんのか?」 ぎゅっと佐伯は唇を噛み締めた。冷徹な彼らの台詞が、何を意図しているか分かったからだ。嫌だ、それは。やりたくない。躊躇っている間に松原が怒鳴った。そしてダンと足で床を蹴り付ける。 「おい! 風呂入れねえ臭い体のままでいたいのか!」 「ぎゃっ! や、やります、やりますから!」 気迫に怯え、慌てて佐伯はその場に寝転がり、右足を持ち上げた。そう、言葉以外で汚れ具合を説明するとはこういうこと。 「あ? 何で急にケツ露出させてんだよ? 掘って欲しいのか?」 「ち、違う! これが一番汚れた部分、です。見てください……」 言いながら声が震えた。昨日散々に使われたアヌスはまだ閉じきっていなくて、こうして大開きにするとぽっかりと空洞が空いた感覚がある。二人のことを見たくなくて顔を逸らせばそこには、壁に貼られた無惨な写真。あの部分を今、佐伯は脚を上げて自ら見せつけているのだ。 「見てくださいって、言われてもなあ」 松原が忍び笑いをした。木戸も苦笑する。 「見たくないよ、そんなところ。汚いな」 「……、お願いです、見て欲しいんです。ケツの穴見てください…」 気がつけば佐伯は、敬語で彼らに話していた。とても今は普通に喋れる気がしない。 「仕方ねーな。そんなに見て欲しいなら、ちゃんとカメラでも撮ってやる」 「その程度の開き方で見えると思ってるわけ? そっちから見てくださいって頼んでんだから、もっとおっ広げろよ」 屈辱に声にならない声を洩らしつつ、佐伯はもっと深く足を抱え込み大きく開いた。途端に二人が叫ぶ。 「うわっ! こりゃひっでえ、弛みっぱなしじゃねえか! 気色悪いなー」 「いくら何度も突っ込んだとはいえ、ケツの穴って一日でここまで壊れるもんなのか。入り口なんかもうズボズボで、襞が柔らかくなってるよ」 「真っ赤なヒダに、どろっとした白いのがちらほら残ってんな。なるほどこりゃ臭いわけだ。精液便器なら臭って当然だもんな」 「ううっ……!」 カシャカシャと響くシャッター音。息づかいすらも肛門へ分かるほどに近づけられた二人の顔。佐伯は強く目を瞑ったが、もしも今目を開いたらどうなるのかと想像してしまい、そのおぞましい光景にぶるりと震える。 と、いきなり肛門の入り口に手を掛けられ、その指が左右に引っ張られた。そしてしばらく無言で覗き込まれ、カメラの音だけが連続したあと、内側にふうと息を吹き込まれた。 「ひいっ!」 佐伯は叫ぶ。唐突なことにアヌスがぎゅっと窄まった。 「お、何だ。やろうと思えば締められるんじゃん」 「締める練習しとけよ? 本気でゆるゆるになっちまったんじゃ、ケツマンコとしてすら機能しねえ」 「そうだ、練習させてやるか。ほら、力込めろ!」 ばしんと脚が叩かれる。衝撃に尻の穴にも力が入る。 「おー、締まった。じゃあ今度は逆、緩めろよ」 「っく……」 馬鹿野郎、死ねよクソどもがと叫びたかった。けれどそんなことできるはずもない。結局佐伯は、肛門に向く強い視線を感じつつ息を吐いて力を抜いた。感嘆の声が上がる。 「すげえ。蠢いてる」 「よし、ビデオでひくひくするところ撮ってやろうぜ」 言うなり松原が鞄を探り始めた。そしてすぐにそれを取り出す。寝転がって目を閉じている佐伯には見えなかったけれど、それは昨日と同じカメラだった。あのときには脚立をつけて立たせていたけれど、今は手に持ってハンディカメラとして使用されている。 「録画ボタン押す直前に、やれ! っていうからな。そしたら、終わり! って言うまでケツの穴をひくひくさせるんだぞ。全部撮ってやるから」 「言うこと聞かなかったら、風呂には連れていかないよ」 「よし。やれ!」 開始が宣言されたのはあっと言う間のことだった。心の準備をする時間すらもない。動揺の暇もないうちに、佐伯はアヌスを窄めた。彼らの言うことに逆らってはどうなるか分からないからだ。 力を込めてできるだけ締めたあと、一気に力を抜いて穴を弛ませる。そしてまた強く閉じ、開き、閉じる。そんなことを何度繰り返しただろうか。疲れるほど何度も尻の開閉をしたけれど彼らは無言だった。 広がった肛門が収縮するところを、何度も何度も、ビデオカメラに収められる。もしも後から誰かがこれを見たならば、レイプ最中の映像よりもこちらの方が印象に残るのではないだろうか。だって、アヌスをひくつかせる映像なんて意味が分からない。ただただ恥ずかしいばかりなのだ。 いつまで繰り返せばいいのかも分からず、ただひたすらに佐伯は、肛門を撮られ続けた。そして、数十回めに穴を弛めたとき――唐突に、指が三本ずぶりと入ってきた。 「ひぎゃうっ!」 「はは。緩みきってたケツが、入れた途端に締めてきたな」 「ひっ……あ…」 狼狽えて佐伯は、異物感に肛門を締めたまま首を振った。すると、再び脚を叩かれる。 「何休んでんだよ! 『やめ』って言うまで続けろって、言ったろ!」 「でっ、でも、指が!」 「指が何だよ! いいからてめえは、言われた通りにケツマンコ締めたり弛めたりしてりゃいいんだよ!」 「ひいっ! うっ、うう!」 バチン、パン、パアンと何度も何度も叩かれる。痛くて佐伯は、暴力をやめてもらうために言うことを聞いて再び力を込めたり抜いたりし始めた。 「うわー。指がぎゅうぎゅうされてら」 しばらくそれを続けたところで、ようやく指が抜かれた。それからじきに「やめ!」の合図。そしてカチャカチャとビデオを操作している音。恥辱の録画が終わったのだ。 それからようやく彼らは立ち上がり、ぐいと佐伯の両腕を引っ張った。 「取りあえずはこれでいいか。立て!」 「は、はい!」 転んでしまいそうなほど強く引かれ、ふらつきながら佐伯も立つ。それを見届けると木戸が腰を屈めて佐伯の足かせに手を伸ばした。鍵を外しているのだ。彼が手を回転させると、小さく音がして枷が外れた。 (やっと、取れた……) どうせ戻ってきたらまたつけられるのだろうが、それでも一時的には自由になった。閉じこめられたこの部屋から出ていけるというのは大きな喜びだった。 「本当なら風呂になんか連れてってやる義務ないのに、あんたがあんまり臭いから連れてってやるんだよ? 感謝してる?」 「あ、ありがとうございます……」 そう言わなければ入らせてもらえないかもしれない。その思いから従順に佐伯は呟いた。ありがとうございますなんて、そんな風にきちんと礼を言ったのはどれだけ振りだろうか。激しく久しいことであるように思う。 松原に腕を引かれてふらふらと歩くとき、背後から窓を開ける音が聞こえてきた。微かだけれど爽やかな風が入ってきて、裸の背をくすぐってくる。その軽やかさと清浄感に佐伯は泣きたくなった。 これで臭いのことをあれこれと言われるのは終わりだ。そして、吹いてきているこの風は、もう自分が浴びることはないものなのだ。 ****** あれだけ佐伯のことを恨んでいた二人が、無事に風呂へと入れてくれるということはなかった。始めこそ彼らは適温の湯を体や髪に浴びせかけ、佐伯の体を洗ってくれたけれど、ひとしきり汗や体液を洗い流すと犯してきたのだ。一番汚れた部分、どこって行ったっけ? その部分を念入りに洗ってやるよ。長い棒で奥までな。そのあと、特製の洗剤も内側に出してやるよ。そう言って。もう一人が、その言い方は親父臭いと笑っているのが耐え難く思われた。佐伯が尻を掘られ、苦痛に声を上げているというのに――。 「あー。やっぱ、昨日より緩いな。もっとやる気出してチンコ扱けよ」 言いながらアヌスを犯される。昨日、染みこんだ媚薬のせいで肛門による絶頂を覚えてしまった体は、もはや薬などがなくても絶頂できる体になっていた。声の反響する風呂場で大声を出して喘ぎ、射精し、射精される。 強姦の直後で腰に力が入らない佐伯を、再び二人は引っ張るように部屋へ連れてきた。そして今度は、先ほどと違う男がペニスを入れてくる。 二日連続で暴行を受けた佐伯は、本日二発目の精液を体内に受けるなり頽れた。その眼前に細長い一本の棒が差し出される。歯ブラシだった。 「おまえ、口くっせえなあ。大声でアンアン言われるたび、臭くて堪んねえぜ」 佐伯は瞬きすら忘れ、歯ブラシを凝視した。先ほどまであんなに辛く感じていた酷い言葉ですら、耳に届いてこない。 その歯ブラシは、見るからに使用品だった。そこまで汚れているわけではないが、使用の痕跡があるのだ。けれどそのことに衝撃を受けたのではない。 白を基調として緑のラインがついたデザイン。その歯ブラシは、……佐伯が自身のアパートで使っていたものだった。 (気のせいじゃねえ。……これ、俺のだ) 瞬間的に佐伯は悟った。そして、あまりのおぞましさに身を強ばらせた。 このアパートへ来たとき、佐伯は手鞄を持ってきていた。その中には外出時に必須のものが入っていた。財布。携帯。ペンとスケジュール帳。携帯ゲーム機。そして――鍵。 (住所もアドレス帳にメモしてあった。こいつら、入ってきてるんだ、俺の家に……!) 彼らが勝手に、自分の部屋へ上がってきている。そこでどんな行動を取ったのか。まさか歯ブラシ一つを持ってくるためだけに侵入したわけではないのだろう。もっと部屋中を漁ったのに決まっている。 絶望が、より一層深まった瞬間だった。 |