あの日以来、佐伯の中では何かが壊れてしまった。ケツの穴を掘られるのは気持ちいい。二人がいない間は、ただぼうっとして待つしかない、気が狂いそうな時間だ。だから二人にずっといて欲しい。ケツ穴掘って欲しい。犯して欲しい。そんな思いに支配されるようになってしまったのだ。
だから、彼らが来たら喜んで這っていって、尻の穴を掘ってくれと懇願した。おまえのはもう、尻の穴じゃなくてケツマンコだろと訂正を受けてからは、そう言うようになった。 もう佐伯から正気はなくなってしまっていて、ただ快感のことしか考えられない。二人がやって来て自分を犯してくれる時間が、本当に楽しみだった。彼らが来ない間には壁に貼られた写真を見ながら一人でオナニーをする。勿論、肛門を使ってだ。 そして二人が来てからは、今まで以上にハードなプレイをされるようになった。 尿道に綿棒を刺され、射精できないままにイかされて、気が狂いそうなほど激しい絶頂を何度も味わわされたり。 一本だけでも苦しいペニスを、無理矢理に二本同時に挿入されたり。さすがにこのときにはすっかり穴が拡がりきってしまって、こんなに拡がったんじゃ突っ込んでも気持ちよくないからと、しばらくペニスを入れてもらえなかった。その間は体が疼いて疼いて、ペニスが欲しくってどうしようもなくて、最後にはチンコ欲しいよおおおと泣きながら絶叫してようやく入れてもらったりした。 それからしまいには、佐伯という呼び名なんてなくなった。おまえみたいなケツマンコ野郎に名前なんて要らないよな、今からおまえのことはケツマンって呼ぶからそしたら返事をしろよ、と言われた。それ以来『佐伯』という名字はなくなって、語りかけられるときには必ず、そう言われるようになった。あんまりそんな呼び方しかされないもので、一度佐伯と呼ばれたときには何のことだか分からなくて、反応ができないほどだった。 体を作り替えられ、人格まで破壊されて。もはや佐伯という男は死んだも同然だった。 ****** もういい。 これで、終わりだ。 ある日二人は、神妙な顔をして佐伯にそう言った。今まで散々、佐伯を見下して馬鹿にしていた男たちだとは思えないほどに真剣な様子だった。 「ケツ、ケツマンコ、掘ってくださいい……」 いつもの如く佐伯は、もはや虚ろな瞳で懇願した。けれどそれが聞き入れられることはなかった。代わりにずっと足を戒めていた枷が鍵で開けられ、体が自由になった。そしてこうして監禁される前まで着ていた衣服が、目の前に投げ出される。 今日は着衣プレイだろうか。今までずっと裸だったから、服を着たまま犯されるのって、刺激かもしれない。そう考えてへらへらと焦点の合わない笑みを浮かべながら、佐伯は服を着始めた。ようやく自由になった足というのは何だかおかしくて今にも転んでしまいそうだ。きっと、こうして自由にしたように見せかけて、強姦しながらまた足かせを嵌めるということなのだ。松原様と木戸様は、本当に頭がいい。――いつからか佐伯は、二人に敬称をつけて呼ぶようになっていた。 二人は服を着る佐伯を押し黙って見ているだけで、手を出そうとはしてこなかった。焦れて佐伯が先に声を掛ける。 「着ました、早く、ケツマンコにチンコ入れてください、お願いします」 だが、彼らのどちらも動かない。ようやく動いたのはそれから数十秒してからのことだった。これ、とぎこちなく松原が言って、何かを差し出してくる。それは鞄だった。手鞄。以前、佐伯が肛門での快楽を知らず、無為に時を過ごしていた愚かなときに使っていたものだった。 (あ、そうか。こうやって一見帰れるようにしておいて、鞄の中開けたら、エロいグッズがたんまり入ってるってわけだ) 膜が掛かったようなぼんやりした頭で佐伯はそう考えた。気がつけば、壁にあれだけ貼られていた写真は取り去られていた。 喜々として佐伯は鞄を開ける。中には何が入っているのか――。しかし、その先には予想外の物が入っていた。 「あれ」 憮然と下声を佐伯は出す。その中にあったものは、携帯電話やゲーム機、スケジュール帳などごくごく普通のものだった。松原様と佐伯様にしては、仕掛けが足りない。よく分からないけれど、もう我慢ができないから、今すぐにでもケツマンコを掘って欲しい。そう思って佐伯は顔を上げた。 真剣な顔をしていた二人が、躊躇いがちに口を開いた。 「――さっきも言ったけど、これで、終わりだよ」 始めに木戸。それから次には松原。 「復讐は済ませた。佐伯、おまえはもう自由だ」 あれ。おかしいな。佐伯って何ですか、松原様。いつもみたいにもっとエロい呼び方してくださいよ。 「勿論、これだけのことをしたんだ。……いくら元凶が高校時代のイジメだったからって、ここまでして今後平穏に生きようとは思ってない。警察にでもどこでも、行けばいい」 木戸様、どうしたんですか。早くチンコはめてください。ケイサツ、ケイサツって、新しいプレイですか。前みたいに、目隠しと手錠と足かせで一切動けないようにした状態で何度も何度も犯してくれるんですか。あれ良かったな。チンコ最高でした。 佐伯はぼんやりと彼らを見上げた。その背を、とん、と軽く押されて玄関の方へ押しやられる。 「さようなら佐伯。どうか、もう二度と会うことがないように」 「同じく。できることなら永遠に、さようなら」 「えっ、あ、ちょ」 何が何だか、次には一体どんな卑猥なことをしてくれるのか飲み込めないうちに玄関へと連れて行かれる。あ、次はそうやって、強引に押したり殴ったりしながらのレイプですか。そういうの嫌いじゃなくなったよ、俺。 足がよろめいてうまく歩けずにいるうちに、とうとう靴置き場まで来た。その靴を二人が履かせてくれる。そして、扉が開き――外に押し出された。と同時に、ぱたんと閉じる扉。佐伯は振り返って呆然とドアを見た。扉は、閉まっている。ドアノブを引っ張ってみた。……開かない。鍵が掛けられてしまったみたいだ。 「……え」 太陽の光が眩しくて、俯いていても目を開けていられない。どれだけ久しぶりに浴びる日差しだろう。最後にこの光を受けたのはもう、表せないほどずっと昔であるように思える。 唖然としたまま佐伯はその場に立ち竦んだ。今すぐに、松原か木戸のどちらかが乱暴にドアを開けて、「助かると思ったんだろう、バカな奴! 嘘に決まってんだろ!」と言って自分を連れ込んでくれるだろうと思いながら。 扉の内側で、以前よりもずっと痩せ細った青年二人は虚ろに視線を交わし合った。正面にいる彼の瞳には生気がなかった。きっと、自分もそうだろう。 ――被害者だった自分。毎日、死ぬことばかりを考えて辛い高校時代を過ごした自分。殺したって済まないくらいに憎んでいた佐伯。……こうして暴力に任せた復讐をしたことで、自分まで、彼と同じところにまで堕ちてしまったように思えた。 「……満足、したか?」 「いや。……俺たちは、もう駄目だな。こんなことをしちまった。あいつと同じ、いや、それ以下だ…」 「最初は確かに、昔の屈辱を晴らせてスカッとしていたはずだったのに」 死んだような目をして彼らは言葉を交わす。 いじめられる側として、苦痛ではあったけれど精神の面では正しかった自分たちは、こうして彼に復讐を加えたことで汚れてしまった。これからはずっと、警察が自分たちを捕まえに来るのではないか、自分はあんな犯罪に手を染めてしまった、という事実に怯えながら過ごすことになるのだ。一生。この枷は二度と消えることなどない。 高校時代は辛かった。けれど卒業してからは、木戸も松原も、明るく楽しい大学生活を送っていたのだ。――それだけで満足していれば良かった。復讐なんて、企てるのではなかった。 あれだけ佐伯を憎んでいた自分が、彼と同じ、いや彼以上の罪人になってしまったことが堪らなく辛かった。 ****** ――警察にでもどこにでも、行けばいい。 解放された当初にはその意味が理解できなかった佐伯でも、正常な生活へ戻ってからしばらくすればようやく分かるようになった。あれが言葉通りのものだったのだと。自分はついに、監禁から解放されたのだと。 自身のアパートへ戻った佐伯の日常は、驚くほど変わらなかった。バイト先には顔を出してみたけど、首だと冷たく言われただけ。生活費は稼がないといけないから、その隣のコンビニで今度はバイトを始めた。時々サボったり、廃棄になった食べ物を持ち帰って食費を節約したりしながら、佐伯は以前と同じように生きている。 元々、両親のところには時々しか帰っていなかった。だから、何年もいなくなっていたわけでもなければ心配なんてされなかった。バイトをやめさせられていて金がなくなった佐伯は、アパートへ戻ってじきに両親の元へ行き、金をせびった。あんたどうしていつもこうなのと言って彼らは泣いた。 友人との付き合いも今までと同じく再開した。集まりの場に顔を出してみたら、あれっ、そう言えば佐伯、最近いなくなかった? と言われた。けれど他の奴らが、えーそうだっけー? と一度首を傾げるとすぐに話題は流れ、今度はどこで遊ぶかという話になった。 変わらない日常。これまで通りの日々。……けれど、一つだけ。これまでとは明らかに違う部分があった。 ――俺の人生、どこでこんな風になっちゃったんだろう。 佐伯はここ数年ずっと、そう考えて生きてきた。それが変わったのだ。そう、松原様と木戸様に、素晴らしい生き方を教えていただいたことで。 夜の町。華やかな風俗街から離れて、しばらく歩いたところ、目立たない位置にその人たちはいる。男にしか性欲を抱けない、一夜の相手を探す人々が。 若くてもおじさんでも、誰でもいいから佐伯は声を掛ける。そして誘うのだ。 「なあ、チンコ入れて、俺にチンポ突っ込んでよ。俺もう我慢できないんだ、ね、今すぐに……」 佐伯は顔立ちの整った方だった。だから相手には事欠かず、ついにはビデオ出演にもスカウトされた。ゲイ向けのハードなビデオ。実は既に何本か佐伯はそれらのAVに出演している。カメラを回されている間、セックスが撮影されていることとそれが後ほど公開されることに、異様な性的興奮を覚えた。松原様や木戸様と過ごした、あの懐かしき日々を思い出したのだ。 (ほら、な。ビデオ出演なんて、格好良くなくちゃできないことだろ? ざまーみろ、モデル時代の糞スタッフども。……ビッグになったよ、俺、ついに…) 夢が叶った。うっとりして、心から幸せな気分で今日も佐伯は自分のアヌスを犯してくれる相手を探す。そして自分が出演したレイプもののビデオや、木戸様や松原様と過ごした素晴らしき日々を思い出して、肛門で自慰をする。そろそろコンビニのアルバイトはやめて、ゲイ専門のデリヘルのようなものに登録しようかとすら考えている。一日中セックスができて金までもらえるなんて、最高だ。 (警察になんか行くはずないよ、二人はこんなに幸せな生き方を教えてくれたのに。……俺、ケツ犯されるために生まれてきたんだあ…。あは、は) 佐伯は思う。もっともっと多くの人間を、学生時代にいじめておけば良かったと。そうしたらその誰かが、自分のことを監禁して、また散々に犯してくれたかもしれないのに、と。 (イジメ、して、良かった) ただセックスのことだけを考えて生きる。その幸福さを噛み締めて佐伯は、今日も自分を犯してくれる相手を探し彷徨い歩く。 END |
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終わりです、お疲れさまでした!